こんにちは隊長です!
今回は私の「人材育成の考え方」について、
聖書の「種をまく人のたとえ」を絡めてお話ししようと思います。
皆さんは仕事で次のような悩みを抱えたことはありませんか?
「教えること苦手・・・」
「上司から指導しろって言われたけど、どう指導したらいいのだろうか?」
指導係や指導する立場になると、後輩や部下のために一生懸命教えてあげようとする方が多いと思います。必死になって「何かを教えてあげないと・・」「早く成長させないと・・」と焦ってしまい、色々伝えるも後輩や部下の気持ちが置いてけぼり・・なんてことがよくあります。
私も指導の役回りがめぐってきたときに結構悩みました。ハウツー本も読みました。
そんな中ある考え方にたどりつき肩の荷が軽くなったのを今でもはっきり覚えています。
お話しすることで皆さんの肩の荷が少しでも軽くなれば嬉しいです。
また、今回の話は子育てにも通ずるものがあります!
早速見ていきましょう!
私の考え方
私が人材育成に対しどう考えているかというと、
「人の成長を阻害しているものを取り除いてあげる」=「環境を整える」です。
人間は「うまくなりたい」「幸せになりたい」など今より「より良くなりたい」という気持ちが生まれつき備わっている生物だと思っています。
よほど変な人じゃない限り、仕事においても「もっと活躍したい」「上手にできるようになりたい」「成長したい」という気持ちは少なからずあるのではないでしょうか。そういう気持ちがあるからこそ世界は発展し続けていると思うのです。そういう気持ちがあるにも関わらずうまくいかないときは何かがその人の成長を阻害しているのです。スキルの問題なのか・モチベーションの低下が原因なのか・自信のなさなのか・・・考えたり、対話を重ねる中で見極めるのです。そのうえでそれを取り除くように一緒に努力する。例えば、スキルがなくて困っているのであれば悩みを解決できそうなノウハウ・本・技術を紹介したり、自信がなく一歩踏み出せないなら一緒にやってみせるなど。環境を整えてあげれば勝手に成長していきます。
環境を整えるってすごい大事なことなんですよね。
こういう考え方に至った一つの要因が聖書の「種をまく人のたとえ」です。
聖書「種をまく人のたとえ」
世界で大ベストセラーの「聖書」に「種をまく人のたとえ」というお話があります。
あ、私はクリスチャンでもなんでもありません。たまたま聖書を読む機会があっただけの人間です。
「聖書を買いましょう」ということではありませんのでご安心を。聖書は読む人によって解釈も違うし、感じ取り方も違う。面白いたとえ話もいくつかあります。さすが世界で最も読まれているだけのことはあります。また別の機会でも紹介できたらいいなと考えています。
話がそれましたが、どういう話かというと「農夫のまく種が、落ちる場所によっては枯れてしまったり、芽がでなかったり、鳥に食べられたりしてしまうが、ちゃんと耕されて環境が整えられた土地に落ちると種は何倍もの実を結ぶ」という話です。簡単に説明すると、イエスが神のみ言葉(種)を民衆に伝えても、そのみ言葉を受け入れ信じようとする心(耕された土地)がないと意味ないよ、受け入れて信じれば救われるよ、と伝えているのです。
私はこの箇所を読んで、「人間ってこの種のようなものだな」って感じました。子どもでも大人でも、人間ってもともと種のように「成長する力」を持っているのです。私は人間は死ぬまで成長していく生物だと思います。その成長が止まってしまうのは、水が足りなかったり、鳥に食べられたり、雑草に栄養を取られたりと周りの何かが成長を阻害しているのです。だからその何かを探し出し取り除いてあげる=環境を整えてあげることが大事なんです。
最後に
いかがでしょうか?こう考えると少しは肩の荷が軽くなりませんか?
「何か指導しないといけない、教えないといけない」と気負う必要はないし、「成長させてあげよう」と思うのは指導する側のエゴだなって感じます。仕事でもそうですが、この考え方は子育てにも通ずるものがあると個人的には考えています。環境を整えてあげれば子どもも大人も勝手に成長していきます。環境を整えながら実を結ぶのを信じて待ちましょう。その種(子どもや後輩)に合った環境を整えるためには、やはりその種についてよく調べ、よく観察し、適切な手入れをする必要があります。そのためには自分自身も知識や技術といったスキルを磨く必要があるのです。これからも学びを深めていけるといいですね!お互い頑張りましょう!
参考になれば嬉しいです。では、また!
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